マルコによる福音書10章6-9節
- Pastor

- 2025年7月18日
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しかし、天地創造の初めから、『神は人を男と女とに造られた。それゆえに、人はその父母を離れ、ふたりの者は一体となるべきである』。彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。
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パリサイ人は、離婚の問題をめぐって主イエスに質問を投げかけた。それはいつものように主をわなにおとしいれるためであった。それに対し、主は創世記2:24を引用し、み言葉からそのことにお答えになった。
私たちは誰でも、人との関わりの中で、つまりは社会の中で生きている。そのもっとも小さく、基礎となる人との関わりが家庭である。良き家庭とは裕福な家庭ではなく、愛情深い家庭である。本物の愛で子供が大事に育てられる場である。その家庭を生み出し支えるのが結婚である。
夫婦は、生活が困窮しても誰にも頼らず、夫婦が力を合わせ乗り越えることが願わしい。問題が起これば、若く未熟であっても夫婦で祈り話し合い決断を下す。故三浦綾子さんは、「夫婦は一生かかって夫婦になる」と言ったが、本当にそうである。
互いの個性がぶつかり合い、抵抗し攻撃し合って夫婦関係は例外なく破綻(はたん)に追い込まれる。その時ふと気づかされることは、夫婦となったのは好き嫌いではなく、神に結び合わせられたからだということである。そして、一番見たくもない相手の欠点を黙って担う「ふさわしい助け手」(創世記2:18)となるために、二人が結ばれたのだということである。夫婦の幸せ、家庭の幸せは、黙って人の弱さを担い、神によって一つとされる交わりを持つことである。






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