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マルコによる福音書11章22節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年7月24日
  • 読了時間: 2分

イエスは答えて言われた、「神を信じなさい」。


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「神を信じる」と言った場合、とかく日本人は感覚的な信仰をとらえている人が多いように思う。それは、何の根拠もなく「神はいる」と思うことである。そう思えることが、神を信じているということになるのである。それは「幽霊はいる」と思う、「幽霊を信じる」と大差変わらない、フィーリングで信じているのである。ここで言われている「神を信じる」は、聖書の言っている信仰ということであるが、それは神への人格的応答である。「人格」とは、知性・情緒・意志から成り立っていると言われる。この定義によれば、「人格的応答」とは、知性において、情緒において、意志において神に応答することである。私たちの信仰には根拠がある、それは聖書である。聖書から神について知的に理解すること、これが知的応答である。次に、その知識を基に聖霊が働かれ、神はどのようなお方であるか、キリストの十字架と復活による救いについて、そして自分がどういうものであるかをわからせ、信仰の決断に導くのである。十字架を仰ぎ罪赦され、神と共に歩むという決断、意志決定をする。これが意志的応答である。キリスト教信仰においてもっとも特徴的なことは、この意志的応答である。決断をし、主に従う時に、神が生きておられることを体験する。その時、なんとも言えない喜びと感謝が湧き上がってくる。これが情緒的応答である。このような神との人格的な交わりの中で祈りをささげる時に、以下に述べられている、祈りは必ず応えられるのだという確認が与えられるのである。




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