マルコによる福音書11章27-28節
- Pastor

- 2022年10月1日
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更新日:2022年12月8日
彼らはまたエルサレムにきた。そして、イエスが宮の内を歩いておられると、祭司長、律法学者、長老たちが、みもとにきて言った、「何の権威によってこれらの事をするのですか。だれが、そうする権威を授けたのですか」。
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宮きよめの一件で、祭司長、律法学者、長老たちは「何の権威によってこれらの事をするのか」と問うたのである。宮は自分たちが取り仕切っているのに、勝手に家畜を売買する者や両替人を追放したことに彼らは憤っていたのである。許可料のお金も入って来ず、損害を被っていた。それに対し主は、「ヨハネは何の権威をもってバプテスマを授けていたのか。天からか、それとも人からか」と問い返した。彼らは答えることができなかった。「天から」と言えば、「なぜ、あなたがたは、悔い改めてバプテスマを受けなかったのか」と詰問され、「人から」と言えば、そこを取り巻いている民衆が反論し騒ぎ立てることを恐れたからである。彼らは「わかりません」と答えるほかになかった。すると主は、「わたしも言うまい」と答えられた。
ヨハネは天からの権威によってバプテスマを授けていた。言うまでもなく、主も天からの権威をもって宮きよめをしたのである。その証拠に、その後、宮の中で売買や両替をする者も、通り抜けする者もひとりとしてなかった。彼らは、主の言動に神の権威を認めたのである。それに対して祭司長たちの宮の取り仕切りは、人が定めたものであって、人の権威をふりかざして主を断罪しようとしたのである。家畜の売買人も両替人も神の権威に従った。しかし、祭司長たちは神の座に居すわって、バプテスマのヨハネの悔い改めの招きを拒み、神の権威によってなされた宮きよめを認めようとしなかったのである。その上、彼らは群衆を恐れ、世間の目や人の歓心にふり回されていたのである。
人を恐れると、わなに陥る、主に信頼する者は安らかである。
箴言29:25
神を畏れて神の権威に従う者でありたい。






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