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マルコによる福音書12章1節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年10月3日
  • 読了時間: 2分

更新日:2022年12月8日

そこでイエスは譬で彼らに語り出された、「ある人がぶどう園を造り、垣をめぐらし、また酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた。


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この「ぶどう園の悪い農夫」のたとえは、主なる神が、アブラハムの時代から結ばれた神と神の民との契約に対して、誠実であろうと愛と忍耐をもって神の民、イスラエルにかかわって来た歴史があらわされている。それは、長い歴史の中で神が多くの預言者を送り、神の愛と恵みにとどまり神と共に歩むように教えさとしてきたが、ことごくそれを拒んで預言者たちを排斥し亡き者とした。その上、最後に送った神の御子イエス・キリストをも拒絶し、十字架にかけたのである。この農夫の悪らつぶりはイスラエルの民ばかりをさしているのではない。それは全人類、私たちをもさしているのである。私たちは、神の創造された素晴らしい世界に住まわせていただいている。そこで何不自由なく、豊かに収穫を得、満ち足りる生活をしてきた。しかし、「ぶどう園」の主(あるじ)である神のことを忘れ、感謝することもなく、農夫として雇われている身分であることも見失っているのである。だれもが自分の利得を求めて、周りで困っている人たちがいても顧みようとはしない。そのような悪らつな農夫のために、キリストは十字架にかかられたのである。自らが悪い農夫であったことに気づかされ、この救い主をとおして神に立ち返り、いつくしみ深い神に感謝しながら、神の下で働く農夫とならせていただこうではないか。





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