マルコによる福音書12章26-27節
- Pastor

- 2022年10月6日
- 読了時間: 2分
更新日:2022年12月3日
死人がよみがえることについては、モーセの書の柴の篇で、神がモーセに仰せられた言葉を読んだことがないのか。『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。あなたがたは非常な思い違いをしている」。
*******
パリサイ人に次いで、言葉尻をとらえようと現われたのが、サドカイ人であった。パリサイ人は復活を信じていたのに対して、サドカイ人は復活を信じていなかった。サドカイ人は、モーセ五書以外は聖書として認めていなかったので、モーセ以後に説き明かされた復活については受け入れられなかったのである。そのサドカイ人に向かって、モーセの書から引用して、復活があることを立証したことは有効的であった。燃える柴において、神はご自身について「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と言われた。アブラハム、イサク、ヤコブが死んだきり、よみがえらないのであれば、「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神であった」と言うべきだろう。主は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。
もし死人の復活がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。
第一コリント15:13-14






コメント