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マルコによる福音書16章1-4節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年11月5日
  • 読了時間: 2分

さて、安息日が終ったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとが、行って イエスに塗るために、香料を買い求めた。そして週の初めの日に、早朝、日の出のころ墓に行った。そして、彼らは「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。


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ここにも、女性ならではの信仰を見る。彼らは香料を買い求め、亡骸に塗るために、あらかじめ納められた墓地を確認し、安息日明けを待って出かけた。彼らの信仰の深さ、長さを思う(エペソ3:18)。そして驚くのは、3節の彼女たちの会話である。「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」。なんと呑気なのだろう。マタイによる福音書を見ると、墓前ではローマ軍の兵士が厳重に警備していたし、墓石には封印がなされていた。ところが、墓に着くと、彼女たちが望んでいたように、墓の入口をふさいでいた「非常に大きな石」は、すでに取り除かれていたのである。主のためにというビジョンをいだいたならば、無理だろうという事々を並べ立てず、先ず歩み出すことである。主の御手の中にある計画ならば、道は開かれる。


あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげる。

詩篇37:5




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