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マルコによる福音書3章28-30節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年7月25日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年1月5日

よく言い聞かせておくが、人の子らには、その犯すすべての罪も神をけがす言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」。そう言われたのは、彼らが「イエスはけがれた霊につかれている」と言っていたからである。


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神をけがす言葉を言っても、キリストをけがす言葉を言っても、ゆるされる。しかし、聖霊をけがす罪はゆるされないという。前者は知らないで言っているからである。それに対し、後者は知っていながら言っているからである。律法学者は、イエスが「ベルゼブル」(悪霊のかしら)によって悪霊を追放することなどあり得ないことを知っていた(22節)。また「イエスがけがれた霊につかれている」はずがないということを聖霊によって知らされ、わかっていたのである。にもかかわらず、自分の心を偽ってキリストをけがしていたのである。聖霊は私たちの心に何が真実で正しいことであるかをささやかれる。特にキリストについて証する真理の御霊である。この聖霊が言われ、さとされることを拒む、すなわちけがすなら、私たちは救われようがないのである。だから、聖霊をけがす罪はゆるされないのである。


きょう、み声を聞いたなら、神にそむいた時のように、あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない。

ヘブル3:15


御声を聴かば 今すぐに 御霊の言えるごとくせよ(新聖歌181番)。





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