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マルコによる福音書3章4節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年6月18日
  • 読了時間: 2分

人々にむかって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と言われた。彼らは黙っていた。


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ここにも、人間の幸いのために定められた律法が、かえって人間を苦しめるものとなってしまっていることを主が嘆かれ、訴えておられる。


「シナゴグ」と言われる会堂は、律法学者、パリサイ人のホームグラウンドである。彼らは、主イエスを訴える口実を得るために、あえてこの片手の不自由な人を連れて来ていたのではないか。主が会堂に入られると、彼らは、主がこの片手の不自由な人に対してどうされるのか、じっとその様子を見ていたのである。主がこの人をいやされるならば、これもしてはならぬ労働として、主を訴えようとしているのである。


主はその陰謀を見抜かれて、主はあえてその人を人々がとり囲む真ん中に立たせて、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と周囲の人々を見回して言われたのである。律法学者、パリサイ人はふいに先手を打たれ、だまりこんでいた。すると主は、彼らのかたくなな心に怒りをあらわにし、そして嘆かれ、片手の不自由な人に向かって、「手を伸ばしなさい」と言われたのである。伸ばせるはずのないその人が、主の権威と力によって手を伸ばすと、その瞬間にいやされたのである。


主は「『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい」(マタイ9:13)と言われた。主は、私たちが健やかでさいわいであることを願っておられる。



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