マルコによる福音書4章11-12節
- Pastor

- 2022年7月29日
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更新日:2022年12月14日
そこでイエスは言われた、「あなたがたには神の国の奥義が授けられているが、ほかの者たちには、すべてが譬で語られる。それは『彼らは見るには見るが、認めず、聞くには聞くが、悟らず、悔い改めてゆるされることがない』ためである」。
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たとえは本来、難しいことをわかやすくするために用いられるもの。ところが、主が語られるたとえは、神の奥義を隠すためであるという。主は「聞く耳のある者は聞くがよい」と言われた。真摯に神の真理を求め、信じて救われたいと切に願う者には、主は神の奥義を説き明かされるが、単なる興味本位で、切実な求めもない者には神の奥義が閉ざされる。だから、神の奥義に関わる事柄は、たとえで語るという。彼らは見るには見るが認めず、聞くには聞くが悟らず、見ても聞いても悔い改めて信じることがないからである。かたくなでごう慢な思いを捨て、主がみ言葉の真理を啓(ひら)いてくださるように。






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