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マルコによる福音書4章4節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年7月28日
  • 読了時間: 2分

更新日:2022年12月24日

まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐ芽を出したが、日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種はいばらの中に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまったので、実を結ばなかった。ほかの種は良い地に落ちた。そしてはえて、育って、ますます実を結び、三十倍、六十倍、百倍にもなった」。


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種は神のみ言葉であり、この4つの場所は人の心の有様をさす。この後に続く主の説き明かしを基に、み言葉に対する自分自身の心を点検してみたい。「道ばた」の心は踏み固められてあって、み言葉をはねつけ、入る余地がない。み言葉を聞いてみようと思いがみじんもない。「土の薄い石地」の心は、み言葉を聞くと、喜んですぐ受け入れるが、何か困難が起こってくると、つまずいてしまう。「いばらの中」の心は、世の心づかいや富の惑わし、そして様々な誘惑が伸びようとする信仰の芽、くきや葉をふさいでしまうのである。「良い地」とは畑であって、元々あったものではない。農夫である神が耕される。だれもが道ばたの心、石地の心、いばらの心である。農夫であるとおっしゃる神は忍耐強く、勤勉である。面倒がらずに踏み固められた土を掘り起こし、石を取り除き、はびこったいばらを除かれる。神の手にかかれば、柔らかい肥えた畑と化して、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶのである。






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