マルコによる福音書8章34-35節
- Pastor

- 2025年7月14日
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それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。
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今朝のみ言葉は逆説の真理である。これは、この世の知識や知恵を駆使すればするほど理解ができない、神の奥義である。マタイ11:25にあるように、この世の知恵ある者には隠され、むしろ幼子にあらわされる。私たちの側で解明するものではなく、ここに「あらわして下さいました」とあるように、神よりあらわされ開示される、神学の言葉を使えば、「啓示」されるものである。キリストの十字架と復活もまた神の奥義である。啓示される神の真理は、幼子のようにへりくだって信じ身を委ねるなら、身をもってみことばの真実を知るようになる。
「自分の命を失う」とは、日常的に言うなら、自分の命を差し出すようにして他者のために、とりわけ自分を必要としている人のために生きることである。自分に終始している信仰は、いつか行き詰まってしまう。注がれるだけの「死海」と同じで、腐れ死んでしまう。星野富弘氏の詩画「おだまき」。「いのちが一番大切だと思っている時は 生きているのが辛かった しかし いのちよりも大切なものがあることを知って 生きているのが嬉しかった」。私たちにとって一番幸せな時は、自分を忘れ他人のために一生懸命になっている自分を見出す時である。自分の命を神のために人のために惜しみなく使う時に、私たちの命は豊かになり輝いてくる。






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