マルコによる福音書8章36-37節
- Pastor

- 2022年9月2日
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更新日:2022年12月6日
人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。
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軍事・政治的には不可能であっても、今日のグローバル経済においては、一人の人が世界を制覇することは可能なのかもしれない。しかし、そんなことが仮にできたとしても、自分の命を損じたら何の得になるかと、主は言われたのである。さらに続いておっしゃったのが、失われたひとりの人の命をどんな代価を払って買い戻すことができるのか。それは全世界を引き換えにしても得られるものではないと暗に言われているのである。
中学の時か高校の時かよく覚えてないが、人権について説明するイラストが教科書に書かれてあった。それは、一人の人と地球をてんびんにかけて、人の側にてんびんは傾いているというものであった。その絵を思い出すたびに、現代の人権についての基本的な考えはこのみ言葉に基づいているのだということである。
聖書はさらに言う、「あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの」(イザヤ43:4)。私たちひとりひとりの命は、神の御子イエス・キリストの命を犠牲にしても惜しくないほどに重いものだというのである。だから、「御声を聴かば今すぐに、御霊の言えるごとくせよ」(新聖歌181番)。主の命を無駄にしてはならない。






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