マルコによる福音書9章2-8節
- Pastor

- 2022年9月3日
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更新日:2022年12月8日
六日の後、イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、それほどに白くすることはできないくらいになった。すると、エリヤがモーセと共に彼らに現れて、イエスと語り合っていた。ペテロはイエスにむかって言った、「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。そう言ったのは、みんなの者が非常に恐れていたので、ペテロは何を言ってよいか、わからなかったからである。すると、雲がわき起って彼らをおおった。そして、その雲の中から声があった、「これはわたしの愛する子である。これに聞け」。彼らは急いで見まわしたが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが、自分たちと一緒におられた。
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「変貌山」と言われる記事である。この山はヘルモン山、あるいはタボル山ではないか言われている。主イエスの姿が変わられたとあるが、主の神性の姿をペテロ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネにのみ現わされた出来事であった。主が変貌された時、モーセとエリヤの二人がそこに現われ、彼らと会見された。モーセは律法を、エリヤは預言書を象徴する。律法と預言書は旧約聖書をさすが、そこで話し合われたことは、旧約聖書の成就として、主がこれから遂げようとされている十字架と復活による贖罪・救済についてではなかったかと思われる。この結末の7、8節が重要なことを意味している。旧約聖書に聴き従ってきた者は、今後、主に聴き従い、ただ主だけを見上げてこのお方について行きなさいということである。
「信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか」
(ヘブル12:2)。






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