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マルコによる福音書9章37節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年7月18日
  • 読了時間: 1分

「だれでも、このような幼な子のひとりを、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。そして、わたしを受けいれる者は、わたしを受けいれるのではなく、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである」。


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弟子たちは、誰が一番偉いのかと論じ合っていた。それを見ていた主は、「誰でも一番偉いものになりたいと思う者は、一番後になり、みんなに仕える者となりなさい」と言われた。ここには、この世の常識と神の国の常識の違いが言い表わされている。それから、主はひとりの幼な子を抱き上げ、言われた言葉が上掲のみ言葉である。


私たちの教団とも深い関わりのあるバークレイ・F・バックストンという英国宣教師に次のようなエピソードがある。ある日、ひとりの人が宣教師館を訪ねた。すると、バックストンは「先客あるのでしばらくお待ちください」と言って別室にその人を案内した。それから約二十分ほど経って、先客が帰る物音を彼は聞いた。これだけの時間を待たせる先客とはいったいどういう人物なのだろうと思って、窓越しに玄関の方を見た。すると、数人の子どもたちがかけて帰って行くのを見た。これは今から百年ぐらい前の話であるが、バックストンは、子どもたちを大人と同等に接遇し、分け隔てしなかったのである。




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