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ヨハネによる福音書11章17-27節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年12月15日
  • 読了時間: 2分

さて、イエスが行ってごらんになると、ラザロはすでに四日間も墓の中に置かれていた。ベタニヤはエルサレムに近く、二十五丁ばかり離れたところにあった。大ぜいのユダヤ人が、その兄弟のことで、マルタとマリヤとを慰めようとしてきていた。マルタはイエスがこられたと聞いて、出迎えに行ったが、マリヤは家ですわっていた。マルタはイエスに言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう。しかし、あなたがどんなことをお願いになっても、神はかなえて下さることを、わたしは今でも存じています」。イエスはマルタに言われた、「あなたの兄弟はよみがえるであろう」。マルタは言った、「終りの日のよみがえりの時よみがえることは、存じています」。イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。マルタはイエスに言った、「主よ、信じます。あなたがこの世にきたるべきキリスト、神の御子であると信じております」。


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ここを読むと、マルタの主イエスに対する信頼がゆるぎないものであり、彼女がいかに信仰深い人であるかがわかる。


主がマルタにおっしゃられた言葉、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」(25節)。このみ言葉をしっかりと私たちの心に刻みたい。私たちはいずれこの地上での生涯を終える。しかし、主イエス・キリストをあおぎ、信じる者は死んでも生きる。主イエス・キリストは十字架にかかり死を遂げたが、三日目によみがえり、死をうち破られたからである。私たちの身体は復活させられ、あらかじめ用意された神の御国に、神と共に永遠に住まうのである。




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