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ヨハネによる福音書12章46-48節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年1月4日
  • 読了時間: 1分

わたしは光としてこの世にきた。それは、わたしを信じる者が、やみのうちにとどまらないようになるためである。たとい、わたしの言うことを聞いてそれを守らない人があっても、わたしはその人をさばかない。わたしがきたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うためである。わたしを捨てて、わたしの言葉を受けいれない人には、その人をさばくものがある。わたしの語ったその言葉が、終りの日にその人をさばくであろう。


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キリストを信じるとは、光なるキリストに向かって歩むことである。そうすれば、やみにとどまることはない。やみに打ち負かされ、キリストの言葉を聴いて、従い得ないことがある。しかし、キリストはさばかない。キリストは世をさばくためではなく、世を救うために来たからである。たといつまずいても、従えなくとも、光なるキリストから目を離さず、キリストに向かって生きることである。罪を犯すなら、その都度悔い改める。主は7を70倍するまで、すなわち無限にゆるされる。主の無限のゆるし、限りない愛を受けて、私たちは強くされ、変えられて行く。




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