ヨハネによる福音書13章1節
- Pastor

- 2024年3月9日
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更新日:2024年11月23日
「洗足」
過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。
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十字架にかかる前夜にあっても、主イエスの心にかかっていたのは、十二弟子をはじめとする主を信じ従う人々のことであった。ここに「最後まで」とあるが、それは、ひとつに自分の命が絶える最後までということであるが、主の愛は、命が絶えても途絶えることのない永遠(とわ)の愛である。「最後まで」のもうひとつの意味は、「人間関係の最後」に至ったとしても、である。この「最後まで愛し通す」という愛は、この後、主を裏切るイスカリオテのユダにも注がれていた。裏切りは、一般に「この人との関係もここまで」ということになるだろう。裏切りは人間関係の最後、人間関係の破綻を意味する。しかし、主の愛は、裏切ってもなお断ち切られることのない愛である。だから知っておきたい。あなたが、たといイエス様を裏切っても、顔に泥を塗るようなことをしでかしても、何年も何十年も教会を離れてしまったとしても、主はあなたを忘れられていない。その愛から引き離されることはないのである。
わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。
ローマ8:38-39






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