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ヨハネによる福音書13章1節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 4月1日
  • 読了時間: 1分

過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。


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最後の晩餐に先立って、主は弟子たちの足を洗われた。それは、弟子たちとの決別の時がいよいよ迫り、もっとも大切なことを伝えなければならないと願い、なされた行為であった。主のなされた洗足には、上に立つ者はしもべのようになって仕える者になってほしいという主の思いが込められている。また、洗足は、罪をゆるすことである。主は弟子たちの罪をかつてゆるし、今もゆるし、今後もゆるし続けられることを表わすものであった。また主にゆるされた者は、互いにゆるし合うべきことがここに言われている。そして、この1節のみ言葉に言われているように、洗足は弟子たちに対するかぎりない愛である。人と人の間にあってどんなゆるされがたい罪を犯したとしても、その罪はゆるされ、その人を愛し最後まで通される愛であった。



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