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ヨハネによる福音書19章28節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年3月25日
  • 読了時間: 2分

「わたしは渇く」

そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。


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耐えがたい苦痛と気が遠くなるような疲労、大量の出血によって生理的に激しい渇きを覚え、口を開き言葉を発することも困難な状況の中で、主は「わたしはかわく」と言われた。ヨハネはこれを聖書の預言の成就ととらえている。


わたしの力は陶器の破片のようにかわき、わたしの舌はあごにつく。あなたはわたしを死のちりに伏させられる。

詩篇22:15


詩篇22篇は、キリストの受難を預言する詩篇である。詩篇22は、1節「わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか」に始まる。昨朝の礼拝でとりあげた「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)は、この詩篇22:1の成就であることが主の念頭にあって発せられた言葉であった。キリストの十字架の贖いは、このように聖書に預言されたことがひとつひとつ成就されることによって実現し完成されたものであり、確固たるものである。そして、自らの渇きをもって、私たちの渇きをいやし、いのちの水によって潤される神である。


祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう。

ヨハネ7:37-38




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