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ヨハネによる福音書21章15節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年4月24日
  • 読了時間: 2分

彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。


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神は私たちに仕事を託して下さる。それを「召命」という。「召命」は、そもそも、主人が僕を呼びつけて、仕事を命じるものである。だから、召命は献身と服従をもって応答すべきものである。「召命」と「献身」というと、牧師、伝道者になることだと思っている人が多いが、牧師、信徒を問わず、すべてのキリスト者は召されて生きる。誰の目にもとまらず稼ぎにならない仕事であっても、神に向かってそれに勤めるなら、それは輝かしい神の栄光を表わすものとなる。


今朝のテキストは、ペテロの再召命の記事である。主は、私たちに向かって「わたしを愛するか」と言って仕事を託す。また、信頼して仕事を託される。それに対し、私たちも愛すると答えて、主を信じて主に頼ってその務めを果たすのである。今日の労使関係は如何なるものか。ただお金だけの関係につながれ、会社の景気の如何によっては容赦なく解雇される。愛と信頼のかけらもない。


信じるとは、人が神に対してするものだと、私は長年そう思ってきた。しかし、神が人を信じ信任するという。主はペテロに「羊を飼いなさい」と言われた。主にとって羊はご自分のいのち以上に尊いものである(ヨハネ10:11)。それを数日前に三度主を否んだ人に託するという。冒険的と言っていいほどの思い切った信頼である。主とわれがこの愛と信頼の関係につながれて、召命に応えてゆくなら、それは死を貫くものとなる。生きながらにして死ぬ。嫌なこともさせていただく。その時、神の輝かしい栄光が表わされるのである。



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