ヨハネによる福音書21章15節
- Pastor

- 2025年10月14日
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彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。
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数日前に、主イエスは捕らえられ、大祭司の家で宗教裁判が行われていた時、ペテロは遠巻きにその様子を見ていた。まだ夜が明けるだいぶ前のことである。大祭司の家で雇われた下僕や女中がしばし手を休め、火をたいて手や身体を温めていた。ペテロはそしらぬ顔をしてその輪の中に入り、火に手をかざしていた。ふいに、女中の一人が「あんたは、あのイエスの弟子だろう」と聞かれた。とっさのことで「わしはそんな人のことを知らない」。「いやあ、わしも見たよ、あんたはあの男と一緒だった」。「わしとは何ら関係ない」。「うそを言ってもだめさ、あんたの言葉(のなまり)で一目瞭然さあ。あんた、ガリラヤの出だろう。じゃあ、あんたはイエスの弟子にまちがいないぜ」。「誓ってもいい、わしはあの人とは何の関係もない」そう言い切った時に、主の予告どおりにわとりが鳴いたのである。ペテロはその場から駆け出し、人気のない場所で号泣した。
あれから数日後、ペテロは到底主に顔向けできない、そのような時に、さわやかな朝風がただようあのガリラヤの岸辺で、おもむろに主はペテロと一対一で向かい合い語りかけられたのである。ペテロはどこを向いていただろうか、やや視線を主からそらしていたのではないか。主はしっかりとペテロの顔に目を向け、とがめることなく親愛をこめて、「あなたはわたしを愛するか」と言われた。主の心の中では「あなたには色々なことがあっただろう。人は弱い者だ、わたしはそのことを重々知ってあなたに言うのだ。わたしがあなたに注ぐ愛に、あなたも愛をもって応えてほしい」。「わたしはあなたを変わらず愛している」という主のお心をペテロは察して、精一杯の応答をした。「私があなたを愛していることは、あなたがご存じです」。主は言われた、「わたしの小羊を飼いなさい」。「あなたは漁師などに戻ってはならない。あなたは、わたしを信じ従う人々をいのちのみ言葉をもって養うのだ」と、主を信じる人々の群れをペテロに託されたのである。
ペテロは、イスカリオテのユダと何ら変わらない裏切りの行為をしたのである。主は何度裏切るようなことをした人であっても、変わらずにゆるして愛し、信用して大切な仕事を託する神である。
今朝、この配信を読んでおられる皆さんとも、このペテロとの関係に結ばれることを復活の主は望んでおられる。イエスさまを信じた私たちは、主なる神と私たちとの間にあって、愛と信頼の関係に結ばれたのである。「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた」(エレミヤ31:3)。私たちはペテロのように弱い、もろくくずれてしまう者である。しかし、主は変わらずに愛してつづける、そして私たちを信じつづけ、それぞれの生活の場に私たちを遣わし、仕事を託されるのである。期待に応えられないようであっても、私たちを信任し、信用しつづける。そうすると、いつしか私たちは信用に足る人と変えられてゆく。信じる愛は人を育むからである。この主とあなたの愛と信頼の関係が育てられ深められ、それが家族に、職場の同僚との関係に、学友、友人との関係に及んでゆくことを、主は願っておられる。人の幸せは、人とのかかわりの中にある。それは、愛し愛され、信頼し信頼されて、家庭を営み、仕事に励み、学業にいそしむことである。主は何よりもそれを願っておられる。あなたが信じている神は、そのような神である。






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