ヨハネによる福音書21章15節
- Pastor

- 2025年10月30日
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彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。
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ただ今、来年度の教団の基本方針を主なる議題として、教区長会議が東京聖書学院で行われている。一部オンラインだが、北海道から沖縄まで18教区の教区長が集まり、審議が行われている。その2日目にあたる本日の会議終了後に、ある牧師と面談した。私がその人に何か教導するということはいっさいなかったが、よく話を聴くことに徹して面談を終えた時、「話を聴いていただいて嬉しかったです」と、その牧師が言ってくださった。私も嬉しかった。
その時、私たちは「局長室」で面談していたのだが、今から30年前に同じ「局長室」で、かつて私に話してくださった松木祐三先生の言葉を思い出し、彼にその話をした。
当時、松木先生は教団委員長を務めておられ、私は伝道局の主事だった。私は当時、成田の牧師をしていて、東村山までは遠かったので、月一度だけ教団事務所に車で行って執務をしていた。そのため、朝早く出て、遅い時は夜10時ぐらいまで仕事をした。そんな時にいつも、その局長室の隣にあった教団委員長室で松木先生も、結構遅くまで教団の仕事をしておられた。私が隣の局長室で、当時、パソコンではなくワープロだったと思うが、そのキーを打っていると、しばしば松木先生が教団委員長室から現われ、声をかけてくださった。そんな時は、20、30分ぐらい、伝道やデボーションについて、どうやっているときかれた。それは私を指導するというものではなく、年若い私のようなものからも、何かを学びたいという、そういう思いできいたのである。そんな話をしている時に、私が質問したのか?何かのきっかけでそういう話になったのか?「教団委員長の果たすべき使命、役割」について、松木先生が話されたのである。それは、「教団で働かれる牧師のための牧会である」ということだった。牧師が生き生きと本来の使命を果たし、その働きに就くために教団委員長はいるのだということだった。
ああ、ここでそういう話を、今は亡き松木先生から聞いたのだと思った時に、話しながら心が熱くなり、目に涙があふれてきた。「こうして、先生のお話を聴くことが私の本来の仕事なのです」と言葉を結んで、二人で局長室を出た。チャペルと図書館棟をつなぐ廊下はしーんと静まり返り、時計はもうすぐ10時をさそうとしていた。






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