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ヨハネによる福音書2章2:9-11節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年10月31日
  • 読了時間: 2分

料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)花婿を呼んで言った、「どんな人でも、初めによいぶどう酒を出して、酔いがまわったころにわるいのを出すものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」。イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行い、その栄光を現された。そして弟子たちはイエスを信じた。


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主イエスは立ち上がって宴会の裏方に回った。そこには主の指示を待つ僕たちが待ち構えていた。主がそこで与えた指示は、彼らがおおよそ考えもしなかったことである。きよめの習わしに使われる水がめが6つ置いてあって、それらすべての水がめに口までいっぱいに水を満たしなさいというものだった。この水がめの容量は80~120リットルと言われる。僕たちは重労働には慣れていたが、無意味な労働には、人はどうしても苦痛を感じ倦怠感をいだいてしまう。しかし、彼らはなにしろマリヤが言った言葉を思い出し、言われるがままに、6個すべて水をかめの口まで満たしたのである。主の言葉に聴いて従った時に、神のみわざがなされたのである。水は今まで味わったことのないような良質のぶどう酒に変わったのである。それを知らない料理がしらは、「この家の主人はなぜこんな良いぶどう酒をこれまで出さずにとっておいたのか。普通は、良いぶどう酒は先に出して、酔いが回ったところであまり質の良くないぶどう酒を出すものなのに」と言ってぼやいた。しかし、水を汲んだ僕はその真実を知っていたとある。聴いて従った経験のない人には、どんなにか素晴らしい神のみわざが目前で行われていても、そこに神のみわざもその栄光も隠されている。しかし聴いて従った人は、そのみわざと、そこに現わされた輝かしい神のみわざを拝するのである。




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