ヨハネによる福音書3章1-3節
- Pastor

- 2022年1月5日
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更新日:2023年1月5日
パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。
この人が夜イエスのもとにきて言った、
「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。
神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。
イエスは答えて言われた、
「よくよくあなたに言っておく。
だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。
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ニコデモは、「サンヘドリン」という最高議会の議員のひとりで、高名な律法学者であった。
にもかかわらず、主イエスのこれまで聴いたことのない聖書の説き明かしに仰天し、
主イエスに教えを乞おうと、主の許に訪ねてきたのである。
ただ立場上人目をはばかって、夜分訪ねたのである。
この主イエスとヨハネの対話で興味深いのは、言葉のやりとりがかみ合っていないということである。
ひとつは、ニコデモが心のうちにいだいていた疑問を主はあらかじめご存じで、質問される前に「だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」と回答していることである。
それに対し、ニコデモは面食らってしまったのか、律法学者であるのにもかかわらず、新しく生まれるとは、もう一度母の胎に入って生まれるというのかととんちんかんな答えをしている。
この言葉のやりとりを聞いていると、人間の知をもって知る、即ち肉によって知ろうとすればするほど、神の真理は隠されるものだということである。
幼な子のように、柔らかい素直な心を持つ人に、聖霊はみ言葉の真理を明かしてくださるのである。
そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。
これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。」
マタイ11:25






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