ヨハネによる福音書4章13-15節
- Pastor

- 2023年11月11日
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イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。
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井戸辺には木陰があっただろうか。主イエスは炎天下、ひとりの人を待った。すると、そこにひとりの女の人が現われた。主は「水を飲ませてください」と声をかけ、彼女を驚かせた。ユダヤ人はサマリヤ人に声をかけることはしないし、しかも、女の人に声をかけるなどあり得ないことであった。さらに主は「『水を飲ませてくれ』と言った者が誰であるか知ったなら、あなたの方から水を求めただろう」と言って、再び彼女を驚かせた。「どうして汲む物を持っておらず・・・この井戸は深いのです」と。主はつづけて言われた。「この井戸の水を飲んでもすぐ渇くであろう。しかし、私の与える水を飲む者は、渇くことがないばかりか、その人のうちに泉となり、永遠の命に至る水が湧きあがるであろう」と。彼女はすかさず、「渇くことがないように、しかもここに水を汲みに来なくてもいいように、私にその水をください」と懇願した。そもそも彼女は人目を惜しんで正午に水汲みに来た。誰とも会いたくなかったのである。その人が主との対話の中で少しずつ心が開かれ、霊的に解放されて、永遠の命に至る生ける水を得るに至ったのである。肉体の渇きをいやす水も必要であるが、私たちの心の渇きをいやす水を主から与えられたいと思う。






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