ヨハネによる福音書4章25-26節
- Pastor

- 2023年11月14日
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女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。
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このサマリヤの女が主イエスと出会い、対話がなされて行く中で、彼女の霊的な目が少しずつ開かれて行く様子が描かれている。
9節「あなたはユダヤ人でありながら」、11節「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず」、19節「主よ、わたしはあなたを預言者と見ます」。最初は「あなた」と呼び、ユダヤ人であることを認識した。それから、気品のある話し方、話す内容から「主よ(先生)」と呼んだ。夫のことをめぐって、彼女のいだいていた悲哀、苦悩、むなしさをイエスがご存じであったことに驚き、「預言者」と呼んだ。さらに26節で、彼女が心に秘めて待望していた「キリストと呼ばれるメシヤ」がこの目の前にいるイエスであることを知り、その救い主と出会いを果たしたのである。
人は見かけによらないものである。人々から後ろ指をさされ、神からもっとも隔てていると思われる人の心の奥底には、まことの礼拝を切望する心、救い主を待望する思いがあった。それを主は対話の中で、見えなくなっている心の目、霊の目を少しずつ開き、自分がどこであるべき道からそれてしまったかに気づかせ、キリストであるご自身との出会いを果たさせたのである。主イエスは、確かにイザヤが預言したように「霊妙なる議士」(イザヤ9:6)である。とてもわかりにくい言葉だが、英語では「ワンダフル・カウンセラー」と訳しており、ヘンデルの「メサイヤ」でも、そのように歌われている。
この救い主イエスは、地獄の淵に足をかけ今にも落ちそうな人をも探し出してそれをひきとめ、神のもとに連れ戻し、救いに導き入れてくださる神である。






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