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ヨハネによる福音書5章5-6節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年11月20日
  • 読了時間: 2分

さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に「なおりたいのか」と言われた。


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エルサレムにベテスダの池の回廊があった。その池には間欠泉のような現象があって、勢いよく水がわき出る時、その水に身をひたすと、何らかの治癒(ちゆ)の効果があり、大勢の病人や身体の不自由な人たちが集まっていた。その中に、38年間病に臥(ふ)した人がいた。主イエスはその人が、長い間わずらっていたのを知って、「なおりたいのか」と言われたのである。主は私たちの病、痛み、苦しみを知ってくださる。病や苦悩の中にある人は、そのつらさを知ってほしいと願っている。知り、受けとめてもらうだけで救われた思いをするのである。


彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。

イザヤ53:3


イザヤ書53章は十字架にかけられたメシヤの預言である。主イエス・キリストは私たちの病を知っておられるという。


まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

イザヤ53:4


私たちの病と悲しみを身をもって知ってくださると言う。この救い主は十字架の上でその病、悲しみを担い、その打たれた傷によっていやされるのである。






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