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ヨハネによる福音書7章37-39節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年11月30日
  • 読了時間: 2分

祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」。これは、イエスを信じる人々が受けようとしている御霊をさして言われたのである。すなわち、イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊がまだ下っていなかったのである。


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祭とは仮庵(かりいお)の祭のことである。仮庵の祭の終わりの日に、祭司によってシロアムの池から汲んだ水を祭壇に注ぐ儀式があった。40年間の荒野の放浪生活の中で、神は岩から水を出だし民の渇きをいやされた。その恵みを忘れず後世に伝えるものであった。その儀式が行われるその時に、イエスは、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」と叫んで言われたのである。イエスを信じて、生ける水を受けよと、私たちの魂に向かって叫んで言われたのである。この生ける水は「腹」から注がれる。私たちのもっとも深い心の深奥である。そこには何があるのか、財か、仕事か、名声か、わが子か・・・。それを神に明け渡すなら、その深奥から私たちの心の隅々、身体の隅々に神のいのちが行き届き、病めるところをいやし、弱きところを強くし、罪の汚れをきよめる。さらに生ける水は私たちからあふれ出て、周囲の人たちを生かし、彼らは神の祝福を受ける。




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