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ヨハネによる福音書8章33-34節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年2月9日
  • 読了時間: 1分

更新日:2023年3月4日

そこで、彼らはイエスに言った、

「わたしたちはアブラハムの子孫であって、人の奴隷になったことなどは、一度もない。どうして、あなたがたに自由を得させるであろうと、言われるのか」。

イエスは彼らに答えられた、

「よくよくあなたがたに言っておく。すべて罪を犯す者は罪の奴隷である。


*******

 

多くの人は、自由と放縦を取り違えている。本来の自由はすべきことをなし、すべきでないことをしない。

それに対し、放縦と取り違えている自由は、すべきでないことをなし、すべきことをしない。それは、だれひとり例外なく、罪の奴隷だからである。


わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。そこで、この事をしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。

ローマ7:15、17


この罪の奴隷の桎梏(しっこく)から私たちを解放するのは、真理なるキリストである。キリストは私たちの古き人を共に十字架につけて死に至らせるからである。


わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。ローマ6:6

 




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