ヨハネによる福音書8章7-11節
- Pastor

- 2023年12月2日
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彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。
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主イエス・キリストは朝早く神殿におもむき、人々に教えておられた。そこへ静寂をやぶり、怒号をあげて律法学者、パリサイ人が入って来た。そして、主の前にひとりの女の人を突き出し、「この女は不貞をしている現場で捕らえられた。モーセの十戒によれば、石で打ち殺せとあるが、あなたはどうするのか」。再び静寂が戻った。
主は何も答えられない。彼らがこのような質問を投げかけたのは、主を訴えて捕らえる口実を得るためである。主が「ゆるしてあげなさい」と言えば、モーセの律法にそむくことになり、主を捕らえることができる。「石で打て」と言えば、「イエスには愛もあわれみもないのか。言っていることとすることは違うではないか」と民衆はあきれ、イエスから心が離れるだろうともくろんだのである。
その時、主は地面に何かを書いていたとある。ある人は「モーセの十戒を書いていたのではないか」と言い、ある人は「愛という字を書いていた」と言う。何を書いていたかはわからないが、その女の人から目をそむけるためだったのではないかという人もある。姦淫の現場で捕らえられたのである。身支度がされいままに連れて来られたのである。彼女をはずかしめないために目を伏せていたのではないかと。
「さあ、どうするのか。答えてみよ」と彼らはせかした。すると、主は身を起こして言われた。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」と。そして再びみをかがめ地面に書き続けられた。これを聞くと、彼らは年長者から始めてひとりびとり出て行き、ついに、主と女の人だけになった。主は身を起して、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」と言われた。「主よ、だれもございません」と彼女は答えた。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。
彼女の罪は、十戒にふれる、死をもって報いられるべき重い罪であった。主は見て見ぬふりをしたのか。そうではない。律法をないがしろにしたのか。そうではない。主は何も言わずに、その女の人の罪を担い、その後、十字架にかかってご自身がその代償を支払われたのである。だから、彼女は罰せられなかったのである。石で打ち殺すのか、全くゆるすのか。そのジレンマは、神の愛と神の義を激しい衝突に至らせる。そこに現われたのがキリスト十字架であった。あの十字架の上に神の義が満足され、神の愛があらわされたのである。
「わたしもあなたを罰しない」。今朝もあなたに向かってそう言われる。






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