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ヨハネによる福音書9章1-3節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年12月5日
  • 読了時間: 1分

イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。


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ここで主イエスがおおせられた言葉は、まさしく福音中の福音である。心温まる希望の言葉である。古今東西を問わず、人の心には因果応報という思想が根強くある。ひとつの結果には必ず原因がある。病にかかり事故に遭うことには何らかの原因や理由があると考えるのである。罪やあやまちを追求し断罪する。そこにはなんら希望がない。しかし、主は、なんら希望を見いだせない中に希望の光を照らされたのである。




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