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ルカによる福音書1章46-50節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年12月16日
  • 読了時間: 2分

するとマリヤは言った、

「わたしの魂は主をあがめ、47わたしの霊は救主なる神をたたえます。

この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。

今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、

力ある方が、わたしに大きな事をしてくださったからです。

そのみ名はきよく、そのあわれみは、代々限りなく主をかしこみ恐れる者に及びます。


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マリヤの頌歌(しょうか)、マグニフィカ―トである。わが身に臨んだ神のみ言葉と出来事を、エリサベツと共有し、これから起ころうとする「救い主の誕生」にわが身をゆだね、こみ上げてくる霊的感動に導かれて、マリヤは、主を心からほめたたえたのである。いっさいの栄光を神に帰し、突き抜けた賛歌となったのは、「この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました」というマリヤの告白にある。「卑しい」というのは卑しい身分、貧しさをもさすが、それに増して言わんとすることは、罪深さである。神のひとり子を宿したマリヤには罪がなかったという説を唱える人もあるが、彼女にこの認罪があったからこそ、むしろ「主の母」に選ばれたのではないか。神をかしこみ畏れる真の謙遜は、自らの弱さと共にこの罪深さを知り、そのようなものを見捨てることなく、あわれんでくださった神をほめたたえることである。




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