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ルカによる福音書24章32節
彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。 ******* クレオパともう一人の弟子はエマオという村に向かっていた。主が十字架刑に処されて、死を遂げ埋葬されたという一大事で、彼らの信仰は潰(つい)えようとしていた。その後、三日目に主はよみがえったという情報は得たものの、半信半疑の状態で、彼らは故郷に帰り、今後の身の振り方を考え直そうとしていた。そんな彼らと共に復活の主は歩き道々、ご自身について、その十字架と復活について聖書から説き明かされた。日が暮れたので宿に入り、一緒に食卓に着いて、主がパンをとりそれをさこうとされた時、そのささいなしぐさから、この方は主だと目が開かれた。その瞬間、復活の主の姿が見えなくなった。 十二弟子ではない、名もない二人と共に歩まれ、その信仰を正された。彼らは主の説き明かしを聴いて心燃やされ、ただちにエルサレムに帰った。 私たちも信仰に迷いが生ずることがある。そのような時に、主は私たちに寄り添い、み言葉を解き明かされ、私たちの心のうちに語られ心燃やされ

Pastor
4月6日


ルカによる福音書23章46節
そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。 ******* 今日は受難日である。 息を引きとる最期を迎えて、主は、私たちに見ならべきことを示された。それは父なる神のみ手にゆだねることである。私たちにはゆだねるべき神がおられる。何事も神にゆだねて歩むべきなのに、若い時はなかなか神にゆだねることができない。しかし、年と共に神にゆだねるほかにないということが言えるようになってきた。そして、この先、私たちにとって未踏の地に踏み出すときに至って、ゆだねるべき神がおられるということはなんと幸いな、何と平安なことであろう。その先には安らぎと希望に満ちている。

Pastor
4月3日


ルカによる福音書22章60-62節
ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。そして外へ出て、激しく泣いた。 ******* 主はこれまで十字架と復活の予告をしてきたが、最後の晩餐の後にいよいよその時が迫って、ご自身が捕らえられ、弟子たち皆が主を見捨てて裏切ることを示唆された。その時ペテロは、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」と胸を張って言った。すると主は、「ペテロよ、あなたに言っておく。きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うであろう」と答えられた。 主はゲッセマネの園で祈り、主のお心と父なる神のお心が一つであることを確かめられて、イスカリオテのユダに先導された暴徒たちに、主は捕縛された。弟子たちは予告のとおり、ふいを突かれて恐ろしくなり、主を見捨てて四散した。 ペテロは遠く離れて、捕らえられた主

Pastor
4月2日


ルカによる福音書8章15節
良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して身を結ぶ人たちである。 ******* 幸いな御言葉を保つことができる人は、金持ちの欺瞞を避けることができます。金持ちはいかに欺瞞に満ちているでしょう。彼らは微笑みながら騙し、目を釣り上げて怒り、心を頑なにし、魂の中の神の命を盗み取り、高慢と怒りと世への愛で人の心をいっぱいにしてしまいます。その結果、人々をキリストの十字架全体の敵としてしまい、金持ちは精力的に欲望を誇示し、神が存在すると信じている人でさえも、激しく快楽を追い求めてしまうのです。 良い地で種を受け取る人は、忍耐を持って言葉を聞き、熟慮し、守る人です。土地は、道端のようには固くなく柔らかで、石地のように浅くなくて深く、茨がいっぱいあるのではなく空間があり、清浄さに満ちています。 この譬えでイエスは、良い地は実を結ぶと語られました。 ある人は100倍、ある人は60倍、ある人は30倍です。それは様々な広さを示すものであり、ある土地は別の土地よりもさらに豊かに実らせます。これら全てが意味するものは、言葉を実りあるものとする

来主 珠里(July Cross)
1月3日


ルカによる福音書2章36-38節
また、アセル族のパヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。彼女は非常に年をとっていた。むすめ時代にとついで、七年間だけ夫と共に住み、 その後やもめぐらしをし、八十四歳になっていた。そして宮を離れずに夜も昼も断食と祈とをもって神に仕えていた。 この老女も、ちょうどそのとき近寄ってきて、神に感謝をささげ、そしてこの幼な子のことを、エルサレムの救を待ち望んでいるすべての人々に語りきかせた。 ******* シメオンと並んで、ここに女預言者アンナが登場する。娘時代に嫁いで、七年間夫と共に生活し、その後は未亡人の生涯だった。独りになってアンナは献身し、神を礼拝する宮で神に仕え、預言者となったのではないか。すでに84歳というから60数年、昼夜断食の祈りをささげ、主に仕えていた。世俗のことに彼女の霊の眼は曇らされず、主なる神を仰ぎつづけていたが故に、救い主イエスと出会い、救いを待ち望むエルサレムの人々にキリストの到来を告げるという、預言者として決して外せない役目を果たすことができたのである。アンナは薄幸の女性ではなかった。神に仕えるという使命に生きてから、

Pastor
2025年12月27日


ルカによる福音書2章25-32節
その時、エルサレムにシメオンという名の人がいた。この人は正しい信仰深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また聖霊が彼に宿っていた。そして主のつかわす救主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた。この人が御霊に感じて宮にはいった。すると律法に定めてあることを行うため、両親もその子イエスを連れてはいってきたので、シメオンは幼な子を腕に抱き、神をほめたたえて言った、「主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに、この僕を安らかに去らせてくださいます、わたしの目が今あなたの救を見たのですから。この救はあなたが万民のまえにお備えになったもので、異邦人を照す啓示の光、み民イスラエルの栄光であります」。 ******* ヨセフとマリヤは幼子イエスを連れてエルサレムの神殿に行った。律法にしたがって幼子を聖別するため、それに伴って犠牲山鳩一羽と家鳩を二羽をささげるためであった。その神殿の境内でシメオンという敬虔な老人と出会った。シメオンは救い主に出会うまでは死なないと聖霊の示しを受けていた。幼子を連れて二人が入ってきた時、聖霊によって示されたの

Pastor
2025年12月26日


ルカによる福音書2章15-16節
御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。 ****** クリスマスおめでとうございます! まばゆいばかりの光が照らし、御使いが出現。救い主の誕生という全人類にかかわる重大、かつ大いなる喜びの知らせ。さらに夜空に現われたおびただしい数の天の軍勢の賛美。夢のようなつかの間の時間、気がつけば、いつもの真っ暗な野原に戻っていた。しかし、羊飼いたちは夢、幻に済ますことなく、「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合い、すぐさま、ベツレヘムへ向かった。そして語られたとおりに飼い葉おけに寝かせられた嬰児を拝した。主が語られたなら、即座に行動に移す。私たちも彼らの信仰にならいたい。

Pastor
2025年12月25日


ルカによる福音書2章14節
「いと高きところでは、神に栄光があるように、 地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。 ******* 礼拝で語られたことをふり返って・・・人は主イエス・キリストを通して神に立ち返り、神と向かい合って、神の御前にへりくだり、そして神の恵みによって生かされていることを知るのである。すると、人の前にもへりくだれるようになり、対立しても人とわかり合え、ゆるし合えるようになる。その積み重ねによって、私たちの間に築かれた小さな平和は世界へと広がり得ると、私は信じている。

Pastor
2025年12月24日


ルカによる福音書1章41-45節
エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった。エリサベツは聖霊に満たされ、 声高く叫んで言った、「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。 主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。ごらんなさい。あなた...

Pastor
2025年9月23日


ルカによる福音書15章4節
あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。 ******* この度の旅行で、必携の一冊の本がありました。それは『わたしが共に行く』という、ブラジル福...

Pastor
2025年9月13日


ルカによる福音書24章32節
心の糧(3) 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。 ******* エマオ途上の二人の弟子は、不信仰になって、よみがえりについての主のお約束を忘れてしまいました。自分たちの考えで論じ合いながら行く...

舟喜ふみ師
2025年6月6日


ルカによる福音書1章46、47節
わが魂は主をあがめ、わが霊はわが救い主なる神を喜びたたえます。 ******* もう一つ大切なことは、マリアの心の中心に、常に神様が王座を占めておられたことです。神を尊び重んじて、すべてを主のご支配に委ねるとき、平和が保たれるのは当然です。主が教えられた祈り、「主の祈り」の...

舟喜ふみ師
2025年5月26日


ルカによる福音書1章35、37節
主のはしため(1) 舟喜 ふみ 聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたを覆います。それゆえ、生まれる者は聖なる者、神の子と呼ばれます。 神にとって不可能なことは一つもありません。 ******* 敬虔なマリアはこのみ言葉にすっかり心とらえられ、心は静かに燃えました。...

舟喜ふみ師
2025年5月24日


ルカによる福音書10章27節
敬虔な心を育てる(5) 最終回 彼は答えて言った、「心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」。 ******* 純粋な子どもの心は、植物の芽より一層傷つきやすいものです。ですから、見るもの、聞くもの、触れるものに注意して、その心を守ら...

舟喜ふみ師
2025年5月19日


ルカによる福音書24章32節
舟喜ふみ牧師の証詞(2) 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。 ******* 長男と面会し終えて 長男は門の所まで送ってくれました これでもう会えないのだと思いました ...

舟喜ふみ師
2025年5月7日


ルカによる福音書24章32節
彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。 ******* クレオパと、もう一人の主の弟子というのは、彼の妻ではなかったか。この二人のイエスの弟子がエマオへ向かって道を歩いていた。...

Pastor
2025年4月21日


ルカによる福音書1章78-79節
『この憐みによって、高いところからあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。(ルカ1:78-79)』

来主 珠里(July Cross)
2025年1月4日


ルカによる福音書2章29-30節
主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに、この僕を安らかに去らせてくださいます、わたしの目が今あなたの救を見たのですから。 ******* マタイ2:3によれば、ヘロデ王とエルサレムの住民は、メシヤ(救い主)の来臨を待ち望んでいなかったようであるが、ここに登場するシメオンは、...

Pastor
2024年12月26日


ルカによる福音書2章17-20節
彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた。人々はみな、羊飼たちが話してくれたことを聞いて、不思議に思った。しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであ...

Pastor
2024年12月25日


ルカによる福音書2章15-16節
御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。 *******...

Pastor
2024年12月24日
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