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ルカによる福音書24章32節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年4月21日
  • 読了時間: 2分

彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。


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クレオパと、もう一人の主の弟子というのは、彼の妻ではなかったか。この二人のイエスの弟子がエマオへ向かって道を歩いていた。


主は十字架にかかり死んだ。埋葬された墓に遺体がなかったことから、婦人たちは、主は復活したと言った。しかしそのことが、彼らをエルサレムにとどまらせることには至らなかった。彼らは大きな目標を失い、暗い面持ちでエマオに向かっていた。その町は彼らの故郷だったのか。主に出会う以前に生活していた町だったのかもしれない。


さて、後方から彼らに追いついてくる人があった。復活の主である。あらかじめ十字架と復活について告げられていたにもかかわらず、信仰を失い、失意のどん底にあった彼らを主は叱責し、聖書全体からご自身のことを語られた。その方が主であるとわかった瞬間、主は姿を消された。「道々、お話しになっている間も、聖書を説明して下さった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか」(32節)。彼らの心の内にある熱いものが彼らの心を突き動かした。彼らはエマオに到着するや否や、再び11キロの道のりを戻り、エルサレムにいる他の弟子たちに主の復活の事実を証言した。


今日も、聖霊によってみことばが説き明かされる時に、私たちの心は内に燃える。その霊的感動は簡単に冷めてゆくものではない。そのみことばに心から従いたいという思いに私たちをかりたてる。みことばに聴き従うなら、主の驚くべきみわざを拝し、みことばの真実と力を体験する。ここに信仰の成長がある。




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