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ルカによる福音書1章35、37節

  • 執筆者の写真: 舟喜ふみ師
    舟喜ふみ師
  • 2025年5月24日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年6月4日

主のはしため(1) 舟喜 ふみ


聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたを覆います。それゆえ、生まれる者は聖なる者、神の子と呼ばれます。


神にとって不可能なことは一つもありません。


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敬虔なマリアはこのみ言葉にすっかり心とらえられ、心は静かに燃えました。やがて婚約者ヨセフと一緒になるときの、いろいろな問題も、人の噂も思いわずらうことはありませんでした。聖霊が臨み、いと高き方の力に覆われる時、不可能なことのない神の力があらわれると確信することができたからです。


本当に私は主のはしためです。どうぞ、あなたのお言葉どおりになりますように。(ルカ1:38)


この言葉は、燃える心からほとばしり出た声であります。


王宮にでも行けば、もっと立派な婦人がいくらでもいたでしょう。また、あちこちに聖書に詳しい婦人もあり、美しい人もいたと思います。この大業のために、地位も才能もない卑しい大工の妻と定められた女がなぜ選ばれたのでしょうか。「人はうわべを見るが、主は心を見る」とサムエル記にあります。立派な婦人、美しい婦人は世の中ではもてはやされますが、神様の御用には役立ちません。主のはしためでなければならないのです。人が何かをしてもらおうと思う時、このはしための心を持たない者は使いにくいものですが、神様も同じようにお使いになることができないのです。「私は主のはしためです」と心から叫ぶ者には、「お言葉どおりになりますように」という従順が現れて来るのです。




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