ルカによる福音書22章60-62節
- Pastor

- 4月2日
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ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。そして外へ出て、激しく泣いた。
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主はこれまで十字架と復活の予告をしてきたが、最後の晩餐の後にいよいよその時が迫って、ご自身が捕らえられ、弟子たち皆が主を見捨てて裏切ることを示唆された。その時ペテロは、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」と胸を張って言った。すると主は、「ペテロよ、あなたに言っておく。きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うであろう」と答えられた。
主はゲッセマネの園で祈り、主のお心と父なる神のお心が一つであることを確かめられて、イスカリオテのユダに先導された暴徒たちに、主は捕縛された。弟子たちは予告のとおり、ふいを突かれて恐ろしくなり、主を見捨てて四散した。
ペテロは遠く離れて、捕らえられた主の跡を追い、大祭司による裁判の様子を離れた場所で焚火に当たりながらうかがっていた。その時突如、「あなたもあの弟子だ」と指さされ、ペテロは主が言われたとおり、三度主を否定した。その直後に鶏が鳴き、ペテロはその場を走り去り、独りうつ伏せて激しく泣いたのである。主はあらかじめ、「わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った」(ルカ23:32)と言われたがゆえに、彼の絶望的な慟哭は絶望に終わることがなかった。神の深いあわれみに触れ、信仰を失うことはなかったのである。
マタイ受難曲の中で、ペテロの慟哭を歌ったアルトのアリア「われをあわれみたまえ」に次いで歌われる、コラール「たとえあなたから離れても」を、私は涙なしに聴くことはできない。その歌詞をここに記すが、これは、私たちの揺るがぬ信仰の足場である。あなたが、たとえどんなにゆるされざる罪を犯しても、必ず主のもとに帰ることができる。主の愛とあわれみは、あなたの想像をはるかに超えてかぎりなく深い!
「たとえ あなたから離れても
また きっと戻ってきます
主が 私たちを悩みと死の苦しみによって
贖ってくださったのですから
私は わが罪を否みません
しかし あなたの恵みと愛は
罪よりはるかに大きなものなのです
絶えず この身に宿る罪よりも」






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