ルカによる福音書22章60-62節
- Pastor

- 2023年10月9日
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ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。そして外へ出て、激しく泣いた。
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主イエスが捕縛された時、弟子たちは四散した。ペテロだけが捕らえられた主の後を追った。そして、遠巻きに大祭司の邸宅で尋問を受けている主の様子を、中庭で焚火を囲んでいる人たちに入り混じって、窺(うかが)っていた。すると、一人の女中から「この人もイエスと一緒にいました」と不意打ちを受けた。ペテロはあわてて「そんな人は知らない」と言った・・・そして立て続けに三度主を否んだのである。主に従うためには死をもいとわないと断言したペテロだったが、主の予告どおりもろくも主との関係を否定し、鶏が鳴いた。
ペテロはその場を立ち去り激しく泣いた。この箇所で一つ学ぶべきことは、主に従うということについてである。遠く離れて主について行くのであれば、ペテロと同じあやまちを犯す。いつでも逃げ出せるようにして従っているからである。都合が悪ければ逃げ出すのである。主とぴったり身体を寄せるようにして主に従うのである。そうすれば、ふいに聞かれても「私はクリスチャンです」と答えることができる。もうひとつは、自分の罪深さと弱さを嘆き悲しむ者を、とこしえに主は決して見捨てられないということである。ふり返って見られた主のまなざしは、さばきのまなざしではない。主があらかじめ言われたように、とりなりの祈りのまなざし、ゆるしのまなざしである。主は今もゆるしとあわれみをもって私たちを見つめておられる。






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