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ルカによる福音書23章26節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年10月10日
  • 読了時間: 2分

彼らがイエスをひいてゆく途中、シモンというクレネ人が郊外から出てきたのを捕えて十字架を負わせ、それをになってイエスのあとから行かせた。


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主イエスは、前夜にゲッセマネの園で捕縛され、未明から大祭司の邸宅で裁判が行われ、朝方、総督ピラトにより裁判を受けた。一旦ヘロデ王の下に送られ、再び総督官邸に戻された。ゲッセマネ→大祭司邸宅→ピラト官邸→ヘロデ宮廷→ピラト官邸の道程を、学院時代の恩師の千代崎先生が―当時60代だったが―、実際歩いてみたという。起伏があって息切れし、へとへとだったという。一睡もせずに幾度も高低差のある道を歩かされた。ピラトによって判決が下された後、ローマの兵士によって茨の冠を頭にかむせられ、その上からこん棒で叩かれた。その後、背中を激しく鞭打たれ、官邸の床は血に染まった。それからご自分がかけられる重い十字架を背負ってヴィア・ドロローサ(ピラト官邸から刑場のゴルゴダまでの道、「苦難の道」、「悲しみの道」と呼ばれる)をのぼった。背中や肩には鞭打ちによる傷跡があり、傷口に十字架が食い込んだ。主は耐えきれずに倒れた。その時である、かたわらでその光景を見ていたクレネ人シモンが捕らえられ、代わりに十字架を負わされたのである。当座はとんだ災難と思ったであろう。しかし後になって、なんと光栄なことであると思えたにちがいない。マルコ15:16の平行記事には、「アレキサンデルとルポスとの父シモンというクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた」とある。アレキサンデルとルポスは、その後の教会において名の知れたキリスト者だったと思われる。彼らは父シモンから信仰を受け継いだのである。


だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。

マタイ16:14




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