ルカによる福音書5章27-28節
- Pastor

- 2023年8月16日
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そののち、イエスが出て行かれると、レビという名の取税人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると、彼はいっさいを捨てて立ちあがり、イエスに従ってきた。
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取税人のレビとは、十二弟子のひとりであるマタイのことである。取税人はユダヤ人の間では忌み嫌われていた人たちであった。当時、ユダヤの国はローマ帝国の支配下にあった。ヘロデという王がいたが、傀儡(かいらい)政権の王であり、しかも、彼はエドム人であってユダヤ人ではなかった。それ故、実質的に国を治めていたのは、ローマ帝国の総督であった。だから、税金はすべてローマに納められた。神へのささげものをさておいて異邦人への納税を強要されていることに、特に律法学者やパリサイ人らは屈辱感を感じていた。だから、取税人は売国奴(ばいこくど)とみなされ、罪人と同類に扱われていたのである。取税人が同胞からそんな扱いを受ければ、彼らは居直って、余分に取り立ててはその分を懐に入れ、私腹をこやしていたのである。そんな取税人であるレビに、主イエスは「わたしに従ってきなさい」と声をかけられたのである。この一言が彼の人生を変えた。彼の心の内を推察してみるなら、「私は神に忘れられてはいなかった。私のようなものでも、神は呼んでくださったのだ。今この時に、その召しに応えないでどうするのだ・・・」。それは一時的な感情ではなく、「このイエスと呼ばれる人こそ、われわれが待望していたメシヤ、救い主であり、神が私に救いの手を差し伸べてくださったのだ」と確信し、いっさいを捨てて従ったのである。
レビは嬉しさのあまり、主と弟子たちを招き宴会を開き、同じ取税人仲間に主イエスと会ってほしいと切に願って、彼らを同席させたのである。それを見た律法学者、パリサイ人たちは「どうしてあんなやつらと食事を共にするのか」と言って誹謗(ひぼう)したのである。それに対し主は、「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。 わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(31-32節)と言われた。「こういう人たちのためにこそ、わたしは来たのだ」と言われる方こそ、まことの神であり、罪の中からわれわれを救うことのできるまことの救い主なのである。






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