ルカによる福音書18章18-23節
- Pastor

- 2023年9月27日
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更新日:2023年9月28日
ある役人がイエスに尋ねた、「よき師よ、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。いましめはあなたの知っているとおりである、『姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証を立てるな、父と母とを敬え』」。すると彼は言った、「それらのことはみな、小さい時から守っております」。イエスはこれを聞いて言われた、「あなたのする事がまだ一つ残っている。持っているものをみな売り払って、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。彼はこの言葉を聞いて非常に悲しんだ。大金持であったからである。
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ここに登場する役人は、永遠の命を得るために何をしたらいいのかと主に問うた。そもそも、その質問自体が誤っている。永遠の命は、私たちの行いによって得られるものではない。
マタイ福音書によれば、彼は神の律法を落ち度なく守ってきたと自信をもって主に答え、その上、何が必要かと問われた時に、主は「あなたが完全になりたいと思うなら」という但し書きをした上で、持ち物を売り払って、貧しい人に施しなさいと言われた。彼は、悲しみながら主の前を去って行った。彼には一生働かずとも生きて行けるような財があったからである。
神を信じ、十字架にかけられたイエス・キリストを信じるなら、私たちは永遠の命を得る。ただ信じるだけで救われるのである。
人は、生きてゆくためには拠り所というものを持っている。彼の場合は富であった。「神を信じる」とは、神を神とすることである。つまりは、神以外のものを拠り所としない。それを神の御手に明け渡すことである。神を拠り所とするなら、すべてのものを失い、頼れる人の関係が損なわれたとしても、神はすべてのものを備えてくださる。ただそれは、信じて早々に経験することではなく、長い信仰生活の中で理解させられて行くものである。
悲しみながら立ち去ったこの役人は、主が十字架にかかられた時、自分の考えのあやまちに気づかされ、福音を心から信じて永遠の命を受け取ったにちがいない。






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