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伝道の書3章11節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年10月13日
  • 読了時間: 1分

神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。


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何事にも時がある。どんなに良い事であっても、時をわきまえずに行なうなら、最悪となる場合がある。反対に、どんなに悪い事であっても、時をわきまえて行なうなら、最善となる場合がある。この時をわきまえ、時をとらえるということは至難のわざである。ところが、神は時をとらえて事を行なわれる。そのとらえ方は「美しい」とあるように、寸分の狂いがなく絶妙で、芸術的ですらある。私たちの人生には少なからず起伏がある。山頂をきわめる絶頂期もあれば、谷底をくだる低迷期もあるが、主なる神は、人生のどんな局面にあっても上述のとおり最善をなされる。主を見上げ、主と共に歩むことを志(こころざ)そう。



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