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創世記1章6-19節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年5月31日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年9月17日

神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。

そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。

神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。

神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。

神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。

神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。

地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。

夕となり、また朝となった。第三日である。

神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、

天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。

神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。

神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、

昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。

夕となり、また朝となった。第四日である。


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聖書は、天地創造というものを科学的な見地から解明した書ではない。叙事詩のように描いている。この記述からすると、地表は水でおおわれ、それを大空という大気がおおっていた。さらにその上に「水」、すなわち分厚い水蒸気の層がおおっていたのである。これが第二日目の創造である。


地表は一面水でおおわれていたが、次第に水が引き、乾いた地が現われた。神は、水でおおわれた部分を「海」、乾いた地を「陸」と名づけられた。そして神は、陸には草が生えさせ、樹木を生えさせられた。第三日目である。


神は、先に昼と夜と神は定められて、さらに、昼を司られる太陽を造り、夜を司る月、数々の星を造られた。その運行によって、一年、季節、月の観念が生れ、陽が昇り陽が沈むことに一日が定められ、陽の傾きによって時間の観念も生じたのである。第四日目である。


光が造られて以来、大空、海、陸、太陽、月、星が造られ、植物が陸地をおおうことのよって、モノクロの世界から、黄色、青、緑などに彩られるようになり、自然の美しさがきわだった。


ただ今、4日間の休養をいただき、29~1日沖縄に来ている。昨日は天候に恵まれ、広がる大空の下、藍色、水色、エメラルドグリーンにおおわれた海を堪能した。


万座毛、平和の礎、ひめゆりの塔記念館を見学し、多くの人々の犠牲のもとに今日の平和があることを改めて知った。去る5月12日の礼拝で、マタイ5:44が開かれ、キング牧師の「汝の敵を愛せよ」の説教から現代への警告を学んだが、「敵を愛し、迫害する者のために祈る」ことが理想論ではなく、人類が滅びを免れるために唯一の道であることを沖縄に行き、改めて思った。




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