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創世記24章15節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2月4日
  • 読了時間: 2分

彼がまだ言い終らないうちに、アブラハムの兄弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘リベカが、水がめを肩に載せて出てきた。


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このイサクをめぐる結婚の物語は美しい。140歳となったアブラハムはイサクの結婚のことを最年長の僕(しもべ)に託す。イサクは単なる後取りではない、神との契約の継承者である。それ故、妻はカナン人ではなく、真の神を知る親族から迎えなければならない。また、結婚するにあたって、イサクは神の約束の地カナンから離れてはならない。この神の厳命に妥協はない。しかも人や物に頼らず信仰をもって果たさなければならない。遠い道のりを経てアラム・ナハライムの町にたどり着くと、僕は井戸辺で祈った。「水を汲みに来る娘に、『水を飲ませて下さい』と乞う時、私ばかりではなく、ラクダにも水を供する者こそ、あなたの選ばれる者として下さい」。祈りが終わらないうちに、ナホルの子ベトエルの娘リベカが現われた。彼女は祈ったとおりのことをした。僕はベトエルの家に招かれ、アブラハムの命を受けてイサクの結婚相手を探しに来たこと、神が祈ったとおりにリベカと出会わせて下さったことを話した。ベトエルは言った。「これは主から出た事だから、私どもは善し悪しを言えない。ここにリベカがいるから連れて行って下さい」と。宴の席が設けられ、僕は一泊した。翌朝、父は娘リベカに問うた。「あなたはこの人と一緒に行くか」。彼女は「行きます」と迷いなく即答した。「あなたの道を主にゆだねよ、主に信頼せよ。主がこれをなしとげる」(詩篇37:5)。神は現実の中に働かれる。だから、具体的な生活の中で私たちは主に従うのである。



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