創世記28章16節
- Pastor

- 2月6日
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ヤコブは眠りからさめて言った、「まことに主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」。
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このヤコブの口から発せられた言葉は、意味深長な言葉である。ヤコブは信仰に篤い両親の下で育った。祈ること、主なる神を信じ従う生活はあたり前のことで、自分の意志でするというよりも、そうさせられてきたのであり、信仰は身体にしみついたものであった。それはそれで尊いことであるが、主体的な信仰ではなかった。しかし、親の傘下から抜け出してみて、初めて生きた神を体験したのである。目には見えないが、神が今この所に共におられることを実体験したのである。神がヤコブに語られ、彼の前にご自身を現わされたのである。
聖書とはまったく関わりを持たずに歩んできた人もまた、目には見えないが、神はその人の生涯に、誕生から今日に至るまで関わっておられる。主と出会うことをとおしてそれを知り、主との出会いに至るまでに、自らの人生の中にいくつも布石があったことに気づかされるのである。






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