創世記2章7節
- Pastor

- 2024年5月29日
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更新日:2024年9月17日
主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。
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いつも教会前の道路を掃いているが、道路に面して花壇があり、その土が多分に道路に落ちている。それをちりとりで掃き取った後、そのゴミをどこに捨てるかで迷う。その掃き取ったものを花壇に戻そうと思うが、その60~70パーセントは、土とはいいがたい塵(ちり)なのである。人は、草花を育てることには役に立つとは思えぬ土の塵で造られたのである。そんな人間を人間たらしめているのは、鼻から吹き入れられた神の命の息である。人間が人間らしく生きてゆくために必要不可欠なものである。それは人が誕生する時の一回かぎりのものではない。日常的に受けてゆく必要がある。それはどのようにして得られるのか。それは、次のみ言葉に書いてある。
人はパンだけで生きるものではない。神の口から出づる一つ一つの言葉によるのである。(マタイ4:4)
聖書のみ言葉である。教会の礼拝で語られる説教をとおして、独り聖書を手に取り、これを読む時に、神は生きて私たちに語られる。その神の語りかけを聴くことによって、神の命が私たちの心に注がれるのである。






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