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創世記39章20-23節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2月10日
  • 読了時間: 1分

主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ、獄屋番の恵みをうけさせられた。獄屋番は獄屋におるすべての囚人をヨセフの手にゆだねたので、彼はそこでするすべての事をおこなった。獄屋番は彼の手にゆだねた事はいっさい顧みなかった。主がヨセフと共におられたからである。主は彼のなす事を栄えさせられた。


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ところが、ヨセフはポティファルの妻から誘惑され、拒んだことから彼女に恨まれ、彼女の狂言によって汚名を着せられ投獄された。ところが、ここにおいても主は共におられた。ヨセフは牢番の長の信頼を得、牢獄の管理を任せられた。主が共におられるなら、どんな悪意を持つ人によって苦しめられ、奈落の底に突き落とされるようなことがあっても、神はその災いのただ中で祝福される。そして、必ずそこから立ち上がらせて下さる。


わたしの生きているかぎりは必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。(詩篇23:6)


新改訳は、「伴う」を「追いかけてくる」と訳している。どんな災いがふりかかっても、主が共におられるなら、神の恵みと祝福はどこまでも追いかけてくる。



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