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創世記45章5節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2月12日
  • 読了時間: 2分

しかしわたしをここに売ったのを嘆くことも、悔むこともいりません。神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです。


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旧約聖書に登場する人物の中で、ヨセフほど波乱万丈の生涯を送った人はあるまい。17歳だったヨセフは、神によって二つの夢を見せられた。それを発端に、彼は兄たちに恨まれてエジプトに奴隷として売られ、濡れ衣を着せられて投獄された。しかし、ヨセフの神に対する信仰は揺るがなかった。それ故、神の臨在は彼を離れず、そのなすところを皆栄えさせた(詩篇1:3)。


ヨセフは牢獄から出されてエジプトの王パロの前に立ち、彼の見た夢を解き明かした。その夢とは、エジプトに7年の豊作が続いた後、7年の激しい飢饉に見舞われるというものだった。その聡明さが買われ、ヨセフは飢饉に備え政策を講じ、全国を統治する宰相に任じられた。飢饉は全世界に及び、ヨセフの兄たちが買い出しのためにエジプトを訪れ、彼らはヨセフとは知らず、彼の前にひれ伏した。神の夢はこの時、実現した。


ヨセフは兄たちの前に、自分が弟であることを打ち明け、「私がエジプトに遣わされたのはあなたがたではなく、神である。神はヤコブ一族のいのちを救うために、神が私を先にエジプトに遣わしたのである」と、神の大いなる救済の計画を語った。


「神の摂理」とは、神が私たちのために立てられた最善最上の計画のことである。「運命は冷たいが、摂理は温かい」と言われた人があったが、摂理には神の愛の温もりがある。ヨセフは神の摂理に生きた。それ故、自分の人生を投げ出さず、他人の悪意を恨まなかった。私たちも、この神の摂理の中に置かれている。神の摂理をどこまでも信じ歩むものでありたい。



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