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箴言19章17節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年2月18日
  • 読了時間: 2分

貧しい者をあわれむ者は主に貸すのだ、その施しは主が償われる。


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主は、「あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである」(マタイ25:40)と言われた。私たちの周りには、あなたを必要としている人がいる。それが身近な家族であるかもしれない。そのような人に惜しみなく、主からいただいた愛を注ぐなら、それは主に対してなされた行為であり、神に借りを与えることだという。


去る主日礼拝で、初代教会時代のキリスト者の生きざまについて、ある一冊の本から語った。世界最強の軍事力を誇るローマ帝国もねじ伏せられたのが疫病だった。165年、マルクス・アウレリウス帝の治世、その感染によって帝国の三分の一から四分の一の人口が失われ、全くなす術(すべ)がなく、皇帝も感染し病死した。罹患した人々は家族や親族から見捨てられ、死に絶えて行った。そうした中で、感染者に寄り添い、看護し介護にあたった人たちがあった。キリスト者である。彼らは一人の人の命を救うことができるなら、自らも感染し命を落としても惜しいとは思わなかったという。何故、そのような献身的な行動ができたのか、それは揺るがぬ復活の信仰があったからである。死んでもなお生き、御国で主は必ず報いてくださると堅く信じていたからである。私たちも揺るがぬ復活の信仰が与えられ、その信仰に立たせていただきたい。





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