詩篇126篇5-6節
- Pastor

- 2025年11月22日
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涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。
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主イエス・キリストが語られたたとえの中で、「種」は神のみ言葉にたとえられている。み言葉は人の心に向かって語られるが、あの「種まき」のたとえにおいては、四分の三は、み言葉を受け取ろうとしない。たとえ地にもぐり芽を出したとしても、すぐに枯れてしまう。残りの四分の一は「良い地」と言われるもので、30倍、60倍、100倍の実を結ぶ。良い地は偶然にもそこにあったのではない。耕されたものである。耕す農夫は神ご自身である。
日本人はなかなか福音を受け取ろうとしない。しかし、涙をもって種まく者は、収穫の束をたずさえ、喜びの声をあげて帰ってくるという。あきらめずに種をまきつづける。「涙を流して出て行く」とは、み言葉を受け取ってほしい家族や友人、近隣に住む人たちのために、涙を流し祈り、伝え続けることである。そうすれば、主はそれらの人たちの心を耕し、み言葉を受けとめる柔らかい心に変えてくださるのである。
涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。






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