詩篇145篇16-19節
- Pastor

- 1月7日
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あなたはみ手を開いて、すべての生けるものの願いを飽かせられます。
主はそのすべての道に正しく、そのすべてのみわざに恵みふかく、
すべて主を呼ぶ者、誠をもって主を呼ぶ者に主は近いのです。
主はおのれを恐れる者の願いを満たし、またその叫びを聞いてこれを救われます。
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主なる神はみ手を開いて、願い求める人の祈りに応えられる。腕を組みそり返って、にらみつける人のようではなく、手を差し出し開いて、間に合って救いの手が差し伸べられられるように、身がまえておられるのである。
誠をもって主を呼び求める人に近い。それにまつわるエピソード。日曜の午後、教会から数キロ離れた町に日曜学校の分校があり、若い牧師が自転車に乗ってそこにおもむき、その分校で子どもたちと讃美歌を歌い、聖書のお話をし、祈って導いていた。ところが、日曜学校が終わろうとする頃にどしゃぶりの雨が降り始めた。雨具もない、時間どおりに帰らないと、夕方に教会で行われる伝道集会にも間に合わない。日曜学校が終わった後、子どもたちが玄関に集まって、ひとりの子が「先生のためにこれから祈るから、大丈夫だよ」と言って祈り始めた。ところが、その若い牧師は祈りの最中に、何度も目を開けては空模様をちらりちらりと見ていた。祈りが終わった後、小雨がそぼ降る中、自転車を走らせた。分校のある街と教会のある街の境とする川に差しかかった時には、雨は完全に降りやみ、空は夕焼けにそまっていた。次の週の日曜日の午後、再び自転車で分校に行った。若い牧師の周りに集まってきて、あの祈ってくれた女の子が「先生が帰った後も、先生のためにここで祈っていたんだよ」と言った。その言葉を聞いて、若い牧師は、この子たちの信仰に到底及ばない者だと思ったという。よそ見をせず、主から目を離さず一心不乱に祈る、それが「誠をもって呼び求める」ことである。そのような祈りをささげる人のすぐかたわらに主はおられ、祈りに応えてくださる。






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